リハビリ業界から建築、ソーシャルデザインの世界へ
【中浜】それでは自己紹介をお願いします。
【久保田】作業療法士で二級建築士の久保田好正(くぼたよしまさ)です。現在はリハビリテーションで高齢社会をおもしろくするソーシャルデザインの会社、株式会社斬新社の代表取締役を務めています。山梨県で、「ソーシャルデイひと花」という活動と参加を目的にした通所介護、「RehaBank」という介護予防事業の仕組みづくりやリハの視点から医療・福祉の現場をおもしろくするセミナー等の事業をしています。
【中浜】起業するまでは作業療法士として働いていたのですか?
【久保田】そうですね。リハビリ専門の病院で10年間、訪問リハや老健、特養などで3年間、作業療法士として働いて、その後はフリーランスになりました。フリーランス時代は、知人に紹介してもらったり、地域の施設に営業をしたりして、いろんなところで仕事をもらっていました。
【中浜】会社を作ることになったのはどうしてなんですか?
【久保田】病院で働いているときに疑問に感じることがあったんです。それは、作業療法士は患者さんの退院後の生活を追うことができないということです。定年までこの仕事をやることを考えたときに、自分の生き方としてしっくり来なかったんですよね。それで、自分が今まで夢中になっていたことを振り返ってみたら、子どものときに建築に興味を持っていたことに気づいて、働きながら通信制の大学で建築を学ぶことにしました。 これが大きな転機でした。医療業界で働いていると常に仕事が与えられる、特に作業療法士は医師の処方箋があってはじめて仕事ができます。一方、建築の世界ではコンペのように仕事になるかわからないようなこともやります。加えて、建築には言葉を再定義する強さを感じました。大学で小さな敷地に「大きな建物」を作りなさいという課題が与えられたんですよ。一見矛盾していますが、「大きい」を自分なりに定義して、見る人が納得するようなものを作りなさいということだったんです。つまり建築とは、言葉を再定義することや人が集まる場をデザインすることだと解釈しました。その後、社会課題をクリエイティブに解決するソーシャルデザインにたどり着き、ほしい未来をつくるために会社を立ち上げようと思いました。
【中浜】言葉を再定義することって福祉に通じると思います。生きるとか幸せってなんだろうと考えたとき、多様性が見出だせる。それと同じことですよね。
【久保田】そうなんです。そういう視点で考えたときに、自分の仕事や対象としている人が今の形のままでいいのか疑問に思うわけじゃないですか。専門職として利用者を目の前にしたときに、「こういうサービスが必要だ」「こういうことがプロとして大事だ」と思うことを、介護保険で決められているからやるのではないんです。それよりももっと先に僕らがいるべきなんだと考えました。リハビリテーションの最終的な目的は、利用者が自分らしく生き抜くことであって、社会に再統合されていくことが大切です。そんな思いがあって、会社を作ったんです。
【中浜】デイサービスの運営も、リハビリの利用者を社会に組み込みたいという思いからでしょうか?
【久保田】デイサービスをやるために起業したわけではないのですが、まずは、利用者が集団としての個にならざるを得なくなっているデイサービスの形を疑いたくなったんですよ。うちのデイサービス「ソーシャルデイ ひと花」では、昼食の時間だけが決まっていて、あとはやりたいことを一緒に探していきましょうという感じ。将来的には、そこから社会とつながっていくようになればいいなと思います。
利用者の「誰かのために」を生かしていく
【中浜】このデイサービスで職員が大切にされていることを教えてください。
【久保田】利用者さんの価値観ややりたかったこと、そして「傷」ですね。
【中浜】「傷」というと?
【久保田】ある女性の利用者さんの口から「お菓子を作りたい」という言葉がポロッと出たんです。どうしてですかと聞いたら、旦那さんを早くに亡くして子どもを一人で育てていたので、ご飯を作るのもやっとだったそうなんです。本当は子どもにお菓子を作ってあげたかったのに...という「傷」を語ってくれました。何度かお菓子作りを練習してから、デイサービスのイベントに娘さんも来てもらって、「お母さん」の作ったお菓子を一緒に食べたりもしました。 そんなふうに、誰かに喜んでもらうために、利用者さんが自分たちの特技や経験を生かせるような場をデイサービスでは作っていきたいですね。
【中浜】介護ってサービスを受けるものだと思いがちですが、その目的は自律支援だと思うんです。誰かのために何かをしたいという気持ちを支援する、もう一花咲かせるということですよね。
【久保田】そうですね。あと、ご家族も、もう高齢だからと決め付けてしまうことも多いので、こんなにできることがあるよとも伝えています。それが家で役割を与えてもらうことにつながるといいかなと。
利用者や職員に輝いてもらいたい
【中浜】病院で働いているときに比べると、作業療法士として利用者の見え方は変わりましたか?
【久保田】病院にいたときって、病名や障害が利用者さんの先に来ちゃうんですよね。「脳卒中右麻痺の◯◯さん」みたいに。それに対して、いまは機能よりも利用者さんの思いに重きを置いて接することができているのが大きな変化です。機能的な障害があればどうカバーするかといったリハ的なアプローチも考えますが、それだけではなく、やりたいことがあればそれに対してなにをするかを考えていくという感じですね。
【中浜】病気が治るってわかりやすいことだと思うんですけど、介護ではそれよりも大切にしていることもありますよね。
【久保田】筋力が上がったとか歩行距離が伸びたとか、定量的(数値で判断)なことよりも定性的(質で判断)な評価の方が実は重要だと思います。定量的な評価ばかりに頼らず、定性的な評価も必要だと。主観的なんですけど、自分の本音が言えているとか目に力があるとか、自分でできることが増えたとか、孫に入学祝いの作品を作ってあげたとか、そういうところが大切ですね。
少し話は飛びますが、子どものころ映画監督になりたかったんです。自分が主役になってカリスマ作業療法士みたいなことは目指してなくて、利用者や職員がこの場で輝いているというのを見せたい、演出したいんですよね。喜んでいる人を見るのが喜びですね。
気軽に会えるリハスタッフを
【中浜】ほかの事業を教えてください。
【久保田】「Rehabank」という地域での介護予防事業を進めています。南アルプス市と一緒にやっていて、地域の方の電話で介護のことを相談したいというニーズに応えたものです。家で暮らしていて足腰が弱くなったけどどうしようとか、手すりは家のどこにつけたらいいのだろうとか。リハスタッフと接触するためにはいくつものハードルが必要で、病院のリハスタッフと話をするには、病気をするか怪我をするかしかないんです。介護保険でリハビリを受けようとしても、サービスの利用が前提なのでハードルが高い。リハスタッフへの気軽なアクセスを提供しようと思って始めました。ほんのちょっとした気になることに対応しています。
【中浜】そこから介護サービスにつなぐなどの道案内をしてあげる感じですか?
【久保田】どちらかというと、その場で解決できることに重点を置いていますね。最小限で最大の効果を目指しています。
解体前の住宅を「住宅解剖」
【中浜】Rehabankではほかに何をされているんですか?
【久保田】リハスタッフ向けにもっと実践的なことを伝えるような研修を行っています。例えば、地域のなかで、住宅改修とか福祉用具を選ぶポイントを伝える「住宅解剖論」という研修を5年以上やっています。身体の構造は学生時代に解剖実習で実際に見ることがあるのに、住宅の構造は本を見て限られた情報からしかアドバイスができないから怖いなあと。そんなときに解体前の住宅で壁や床や天井をハンマーでぶち抜いたり、手すりをつけたりする実践的な研修をすることを思いついて、建築士に相談して実現しました。
高齢者の知恵で社会問題を解決する
【中浜】今後について教えてください。
【久保田】社会の課題解決に参加したいと思っています。山梨は過疎地が多いんですよね。今まで住んでいた家に柿の実がなるんですが、人が住まなくなるとサルやイノシシが食べに来て、人に危害を加えることがあるんです。それってどうなのかなと思いまして。ちょうど利用者さんと干し柿を作ろうという話があがって、実際に収穫に行きました。妻の実家の隣の家でおばあさんが干し柿を作っていたのが高齢で作れなくなってしまったので、それを代わりにやってみました。せっかくデイサービスに70年、80年を重ねた方がいるのですから、そんな高齢者の皆さんの知恵で社会問題を解決していくということにも挑戦していきたいですね。
編集者の一言
在宅で生活するために本当に何が必要なのか。病気を見るのではない。生活、さらに本人の想いの実現にしっかり目を向ける、そんな久保田さんの資格や枠にとらわれない姿はとっても学ぶことが多いですね!
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この記事の寄稿者
中浜 崇之
二代目編集長。介護福祉士、ケアマネジャー。2014年に世田谷デイハウスイデア北烏山を立ち上げる。2010年より「介護を文化に」をテーマに介護ラボしゅうを立ち上げ運営中。(http://kaigolabo-shuu.jimdo.com/)