先日、「介護のほんねニュース」で、お話をお聞きした佐藤典雅さん。10月20日に『療育なんかいらない!』という本を出版したとのこと。今回は、療育のプロである作業療法士の石原陽子さんを交えて、佐藤さんに3度目のインタビューを行いました!
「療育なんかいらない!」。アンチ療育の真意。
【中浜】自己紹介をお願いします。
【佐藤】株式会社アイム代表の佐藤典雅です。神奈川県川崎市で放課後デイ「アインシュタイン放課後」をやっています。
先日、最初の取材から1年が経ったということで「介護のほんねニュース」に再び取り上げていただき、父兄の方から「療育に疑問があるという考えに共感した」という意見をいただきました。「療育」と「アインシュタイン放課後でやっていること」は何が違うのか、今までは説明する機会がなかったのですが、このたび2016年10月20日に小学館から『療育なんかいらない!』という本を出版することになりました。
【中浜】衝撃的なタイトルですね(笑)。
【佐藤】発達障害を扱う業界からしたら、何を言っているのだろうと思われるかもしれません。アインシュタイン放課後には、小さいころからの療育で親子共々ストレスを抱えた経験のある方が多く通っています。僕自身も日頃からアンチ療育を主張しています。ただ、それだけでは僕ひとりの言いたい放題になってしまう。今回は実際に現場で発達障害の子に接している専門家から意見をいただこうということで作業療法士の石原さんにもお越しいただきました。
【石原】石原陽子と申します。私は、作業療法士の資格を2000年に取得しました。それから16年間、佐藤さんの言う「療育」というものをずっとやっています。最初は障害者福祉センターというところで0歳児の訓練から始めて、現在は発達障害と呼ばれるような子どもたちの療育に携わっています。
【佐藤】石原さんは世間的に「療育」と言われるもののプロじゃないですか?そういう方が私の『療育なんかいらない!』という本を読んでどう思ったのか、関心があります。
【石原】療育という言葉はさまざまな意味で使われているので、私たち作業療法士が行う専門的なリハビリテーションを否定したものではないだろうと思っています。というのも、私たちがやっていることはとても役に立っていると考えていますし、私が見てきたお子さんがとても元気になっていって、いつまでも療育を続けている子って実はいないんです。今日も思い返してみました。私が担当した子どもって、ずっとリハビリやっていたかなって。実際そんなことはない。だから、いつまでもリハビリが続くようなものはいらないと思います。
本来の「療育」は、その子らしく生きるためのもの。
【石原】療育という言葉は、昭和17年に作られました。当時、手足が不自由な子どもを保護して教育を受けられる施設を作ろうということでこの言葉ができました。その後、重度の心身障害者を対象にした療育が始まって、保護や教育だけでなく治療もやっていこうという流れに。さらに、昭和30年代には知的障害の人を対象にした療育が始まりました。このようにして療育というのは、だんだんとその対象が広がってきた歴史があります。
「療育」という言葉には、子どもたちを社会に適応させようという意味が含まれていたのですが、しだいに「発達する力をつける」とか「育つ権利を与える」という方向に意味が広がってきました。そういった意味で、子どもが発達し自分で力を獲得していく環境を整えることがOT(作業療法士)やPT(理学療法士)の仕事なんだと思います。
【佐藤】今の話を聞いていて、療育は「子どもが子どもらしく生きるためのものである」という話がすごく分かりやすかったです。今の一般的な療育って、子どもらしく生きる機会を奪って抑圧するようなものだと思います。ABA(編集部注:応用行動分析学。自閉症児の療育に用いられる理念)って名前がつくともっともらしく聞こえるけど、一言で言うとアメとムチなので、「子どもを飼育できる」と思っているところに私は違和感があります。ところで、そもそも療育におけるリハビリってなんですか?
【石原】リハビリテーションをする目的は機能回復だと考える方もいますが、そもそもリハビリテーションは、「re-habilitate」という言葉から来ているので、正しい認識ではありません。もともとの意味は「再び、とり戻す」という意味で、さらに言えば失われた権利を取り戻すんです。再び人間らしく生きる権利を獲得することが、リハビリテーションの目的。本来、手足のマヒを治すだとか、自閉症の自閉を治すだとか、知的障害の知能を上げるという意味ではないわけです。
【中浜】リハビリという言葉が一人歩きしているというか、誤解されている原因がどこかにあると思います。一般的な「リハビリ」という言葉の使われ方を考えると、怪我を治すという意味が強いです。その誤解から療育も治すことだと思われはじめたのかなと。
【石原】世間に発達障害が治ると言っている人がいるのも、そういうことが理由なのかもしれません。OTやPTは「治る」という言葉は使わず、その人の潜在能力を活かすことが大切だと考えているのですが、IQを基準に治った・治らないを議論するような人たちなどが療育という言葉を使っている場合もあります。
【佐藤】そもそも、自閉症を治すって軽い話ではないんですよね。療育は基本的に自閉症を普通の人に近づけるために、どうやったら行動パターンを縛ればいいのかという考え方が根本にあるんです。私はそういうことをやれば、親子共々おかしくなってしまうと考えています。先ほど石原さんが言っていた、環境を整えるというのはその通りだと思っていて、その子が自閉症ならばその子に環境を合わせてやればいいんですよね。
【石原】親御さんには自閉症でも良いんだよ、と伝えることが大切だと考えています。そういうことをせずに、治りますよだとか治したほうがいいですよというようなものが療育だったら、療育は必要ないと思うんですよ。かつて高松鶴吉という方が、「療育は丁寧な子育て」と言っていました。いろんな専門家の力を合わせて、特殊だけど丁寧な子育てをやっていきましょう、と。母親が子育てをしやすい環境を作ることが、療育だったんですよ。
アインシュタイン放課後が、本来の療育の姿?
【中浜】今回、『療育なんかいらない!』という本を出版されますが、実は佐藤さんが一番本来の療育らしい療育を実践しているのではないでしょうか。佐藤さんの放課後等デイサービスで良いと感じたのは、子ども本人だけではなくその家族が対象であるところです。その子の環境をつくるのは親で、その親たちにどう余裕を持ってもらうかというところにアイムは手をかけているように見えました。結果的に親が生み出す空気次第で子どもがありのままでいられると思います。
【佐藤】ではあれば光栄です(笑)。
【石原】私もそう思います。ABAのような療育によって、子どもを型にはめて自分たちの言うことを聞かせるようにした結果、子どもが病んでしまったという母親の反省を含めた療育否定の論文があります。その論文に対して専門家は、療育をやっている人の質が低く、その子に合わせられず単に押し付けるからだと。もちろん、本場でABAを習得した人は素敵な療育をする人もいます。
【佐藤】結果が出ないのは母親の努力不足だ、みたいなことって、親を追い詰めてしまいますよね。
【石原】専門家の中でも、自閉症をステレオタイプで見る人もたくさんいますよ。そもそも放課後等デイサービスで療育をやっている人の中でも専門家は少ないんです。そういう人たちが自閉症には療育が良いですと保護者に押しつけている。専門家でも、ちゃんとした講習を受けず使っているような人もいます。
【佐藤】専門家の欠点は2つあると思っています。1つは、自閉症なのは専門家の子どもではないこと。当事者ではない。もう1つは、長期間で見ることができないこと。3、4歳ぐらいの子どもは自然成長があるから、何か改善したように見えるんです。でも、親としての最大の心配は、療育をやるのとやらないのとで小学校高学年や中学校でどれくらい差が出るのかということ。療育によって、普通の高校や大学にいって普通に就職すればサクセスストーリーかもしれないけど、そんなストーリーはありません。中にはまれに学力が著しく伸びた子もいるけど、それは生まれつき高機能で普通の自閉症には当てはまっていないのです。
子どもの好きなこと、生活の現場の中から始めるのが基本。
【中浜】今聞いていると、佐藤さんや石原さんのアプローチの着地点が、日常生活にあるように感じます。
【佐藤・石原】だからなかなか分かりづらいんですよね。
【佐藤】ある時、自閉症の子どもに個別指導をしますというほかの放課後デイのパンフレットを親御さんが持ってきて、「これはここでできないんですか?」と言われました。パンフレットには、お弁当箱に醤油を差すとか、指でひねる力を鍛えるだとか、棒を動かして目で追って訓練をしますとか書いてあるんですね。でもこれの項目ってゲームをやっていれば取得できてしまうことばかりなんですよ。アインシュタイン放課後では、自閉症の子どもがそろってWiiをやっています。つまりゲームで訓練をしているんです。真面目な親御さんが来て、「ゲームしかさせていないんですか?」と言われることもあるのですが、何をすれば満足なのかなあと。子どもが辛そうな作業をするのが療育なんだという思い込みがあるようです。親のやってる感を満たすような。
【石原】療育はまずなにから始めるかというと、子どもが好きなことから始めるんですね。子どもが得意なものを使うのが、私たちの療育の基本なんですよ。
【佐藤】以前、自閉症の息子がSST(ソーシャルスキルトレーニング)というトレーニングを受けて、お金の使い方をおもちゃのお金で学ぶ機会がありました。でも、そもそも自閉症は応用が苦手だから、限定された場所でおもちゃのお金を使いこなしても、現実世界でできるとは限らないんですよ。ある時、僕の小銭を全部渡して小銭を全部分類してみろと言ったら、面白がってやりはじめました。その後、この小銭を使えばお菓子が手に入ると知った瞬間、真面目に取り組み始めたんです。
だから、私も療育は反対だって言うんだけど、無法地帯が良いと言っているのではなく、生活の現場の中で道筋を示してあげて、その都度導いてあげれば良いと思います。
【石原】本来の療育は佐藤さんが言っているようなものであってほしいんですけど、こうなってしまったのは残念です。私たちも療育をやっているので、療育やPT/OTそのものは必要だと思っています。ただ、無理に子どもを型にはめたり、苦行めいたことを療育といってしまったりするから、療育はいらないと言われてしまうのかなと。
どんな子育ても原則は一緒。その子と向き合うこと。
【中浜】療育は、生活のためにやっていること。だけど過度に結果を求める学習的な意識にすり替わってしまって、誤解が生まれてしまうのだと思いました。今回の佐藤さんの本によって、そもそも療育ってなんだろうと一般の方にも考えてもらえれば、療育へのまなざしが変わってきそうですね。
【石原】療育によって自閉症が治ると思ってしまっているせいなのか、高学年になるにつれて結果が出ないことに疑問を持ち始めて、諦めかけてしまうお母さんたちが多くいます。ママ友同士のつながりも同学年の子どもにとどまってしまい、中学生高校生になったときの姿を誰も見せることができない。困っていることもなかなか解決しにくい。効くとか効かないとか、治るとか治らないとかではなく、親がそこを乗り越えるための後押しができる社会があるといいなと思います。
【佐藤】子育ての原則は、その子に合わせて適正なさじ加減をすること。たまたま障害があるから問題が顕在化するだけで、原則に変わりはないと思います。この仕事をやるようになって、障害を持つ人とそうでない人の境目が分かりにくくなりました。どちらも原則は一緒。人と向き合うことが大切です。
編集者からの一言
療育とリハビリという言葉の意味が、本来のものと現在一般に使われている言葉との差が大きいことを気付かされました。
サポートするのは本人だけでなくその家族。生活の場や環境を整えていくことが本当に大事だということが、石原さんのような専門家にお話に入っていただくことで再確認できたように思います。
気になった方はぜひ本を手に取ってみてはいかがでしょうか。
『療育なんかいらない!〜発達障害キッズの子育ては、周りがあわせたほうがうまくいく』
小学館
https://www.amazon.co.jp/dp/4093108536
出版記念講演イベント
『療育なんかいらない!発達障害の子育て』
2016年11月3日(木・祝日)
溝の口ノクティプラザ2 (マルイビル11F)
発達障害の子育て常識がひっくり返る講演!
佐藤典雅(アイム代表)
石原陽子(Passo a passo 代表)
日野公三(明蓬館高等学校 校長)
詳細はこちら:
http://blog.livedoor.jp/gacchan_blog/archives/66521604.html
(自閉症がっちゃんブログ)
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この記事の寄稿者
中浜 崇之
二代目編集長。介護福祉士、ケアマネジャー。2014年に世田谷デイハウスイデア北烏山を立ち上げる。2010年より「介護を文化に」をテーマに介護ラボしゅうを立ち上げ運営中。(http://kaigolabo-shuu.jimdo.com/)