弱冠25歳!!イケメン納棺士に聞いた、最高の終わり方。

納棺士 , おくりびと , 対談
Line button
2014.08.18
株式会社おくりびとアカデミー 代表取締役 木村光希さん
映画「おくりびと」で主演 本木雅弘氏への納棺技術指導をおこなった納棺士である木村眞二を父にもち、幼少期より納棺士の職に憧れと敬意を抱き育つ。大学卒業後、納棺士としての道を歩み始め、アジア圏で日本の「納棺の儀」の文化を広めるための活動も開始。特に中国で技術力・表現力に高い評価を受け技術指導を依頼され、長期に渡る滞在経験をもつ。一方、日本国内の納棺士の技術や作法の質やレベルの格差を問題視。誰もが迎える人生の最期を安心して任せられる納棺士の育成とその技術に対する審査基準の設置の必要性を感じ、2013年6月 納棺士養成学校を設立し独立。その後社団法人日本納棺士技能協会を設立。

今回は終活・エンディングに対する想い、納棺士として感じる社会課題、ご自身の夢・目標を聞きました。

納棺士から見た”終活”の必要性

【木村】最近”終活”っていうのが流行っていて、アクティブシニアの方々がガンガン棺の中に入っています。

【岡】どういうこと(笑)?

【木村】入棺体験っていって。棺の中に入って

【岡】俺ちょっと入ってみるわ!みたいな(笑)?アクティブシニアは、なんか自分のその終わりの姿を自分でプロデュースしたいみたいなそんな感覚なのかな?

【木村】うーん。一番はその、、、家族に迷惑をかけたくないっていうのがあると思うんです。けれど、なんかなぁ、その辺もどうなのかなぁ。と思ってて。なんか死ぬことが迷惑なのはちょっと違うんじゃないかなと僕は思っています。一番良い形じゃないかなと思うのはお爺ちゃんお婆ちゃんとお孫さんとかが一緒に来て、なんか選んだりするような形ができていくといいのかなと思うんです。

【岡】確かにそのなんだろう。切迫した状況で、例えばもうあと一週間ですとか、あと一ヶ月ですってタイミングでそれをやるのってちょっと、家族としてきついかもしれない。これ着ようよとかこれを棺の中に入れようよとか音楽はこれにしようよみたいな事を結構その、ある程度健康な状況で決めていけるっていうのはすごく楽しいかも。

【木村】そうですねぇ。遺言も同様だと思っていて、まだ元気だから考えなくて大丈夫って言うんですけれど、元気だからやんなきゃいけないっていうことを伝えていきたいなと思うし、家族でテーブル囲みながら、みんなでお爺ちゃんのエンディングを考えよう!みたいな機会が増えていけばいいのかなと思っています。

【岡】なんで、そういうふうに思うんですか?

【木村】例えば「おじいちゃんって実際どういうのが好きだったんだろう?」とかそういう場面があるんですよ。その時にすごく思うのは、最後に棺の中に色々入れるんですけど、なんかずっと近くで最後までお世話してた人は本当はよく知ってるはずなのに、その人は黙っちゃってて、遠方から来た親戚の方が仕切ってて、すごいかわいそうだなと思ってて。

【岡】近くにいた人っていうのは?

【木村】(嫁いで来た)お嫁さんとかだと思うんですよ。結構そういうの多くて。なんか、後から来た親戚の方が「あれ入れる、これ入れる」って言ってる中、その人はずっと黙ってて、全部終わってみんないなくなったあとに声を掛けられて「実は私ずっと付き添っていたんですけど、おじいちゃんはこれとこれは嫌いで、本当はこれが好きで・・・」と。「入れましょう!」って。こういうのって、なんかちゃんと事前に話し合っておけば一番良い形ができたんじゃないのかなっていうのがいっぱいあったので。

100カ国を渡りあるき、各国のエンディング文化を高め合いたい

【岡】今25歳じゃないですか。なんかこう、どこまでやるというか。自分のイメージでは、このおくりびとアカデミーっていうものは置いといて、木村光希として、自分の人生を使って、どこまでいくというか、どこまでやるイメージをしているのかをお聞きしたい。

【木村】そうですね。僕のミッションというところでは、世界中にひとりでも多くの、きれいなご遺体を増やせたらいいなと思いますね。

【岡】すごい言葉ね。。。え? 今なんて言った?(笑) 世界中にひとりでも多くのご遺体を増やす?

【木村】きれいな。

【岡】きれいな。ひとりでも多くの、きれいなご遺体を増やす。

【木村】きれいなご遺体を増やしていけたらいいなというのはすごく思っていて。その「きれいな」というのもいろいろあって、処置だけじゃなくて、すてきなエンディングというところで、ひとりでも多くの人を増やせればいいなと、そういうのを迎える人。

【岡】なるほどね。世界中っていうのは、アメリカとかヨーロッパも含めて?

【木村】そうですね、行きたいですね。

【岡】あっちの方に日本式の納棺というものを広めていく可能性はあるんですか。

【木村】僕は結構広める気はないんですよ。特にアジア外では。広めるのではなくて、日本のものを知ってもらって、日本ではこういう処置の仕方がある、こういう技法がある、あっちではこうなんですよというのを、高め合えるような関係を作っていければいいなと思っています。というのも、やはり文化と風習が全然違うので、日本式の納棺を広めるのは、アジアだけでとってもなかなか難しいです。元々の文化や体制が違ったりするんで。なので、とにかく互いに刺激し合えるような関係になれば、ミッションとしては悪くないなと思っています。

【岡】それって例えばアフリカ大陸とかでも同じ?

【木村】いや、どうなんですかね。まだまだ勉強不足なんですけど。今度行ってみたいな。納棺侍になりたいなと思うんですよ。(笑)

【岡】ギター侍的な?

【木村】ちょんまげにして、棺桶のキャリーケースを持って。(笑)

【岡】すごいなそれ。

【木村】本当やりたいんですよ。100カ国で納棺してきました、みたいな。突き抜けられるじゃないですか。今5ヶ国ぐらいなんで。それでも多分誰もいないと思うんですけど。弱いじゃないですか、5ヶ国って。

世界中に住む日本人のエンディングサポートをしたい

【木村】僕、ハワイに拠点を作りたいんですよ。というのは、ハワイって、引退した日本人の方いっぱいいるじゃないですか。その人達のエンディングってところで、ちゃんと受け入れができているかって言うとあまりできてなくて、いろんな人がいるじゃないですか、ハワイに骨をとか、生身のまま一回日本に帰りたいっていう人ももしかしたらいるかもしれないじゃないですか。そこの窓口って結構できてなくて。それをやりたいなってすごく思っているんです。

【岡】 アメリカに介護事業所を作ろうと思ってるんですよ。日系人とかあとは邦人、日本人の移住者とかが多い地域を狙って、訪問介護事業所を作ろうと思って。もう来週はニューヨークに行くんだけど、何か、マンハッタンに行って、日本人の運営する訪問介護事業所っていうのを作ろうと思ってて。それをいろいろタイとかフィリピンとか、日本人移住者の多い所、ハワイとかも候補に入ってて、あとバリ島とか。いろいろ入ってて。

【木村】超やりたい。

【岡】そこをね、組めるようにね、一緒にね。

【木村】やりたいですよ。本当にやりたくて。僕、中国・韓国・台湾はもう拠点作れると思うので、だからハワイに居る日本人・台湾人・中国人・韓国人の受け入れができるようになる。一個一個増やしていきたいなと思うんですけど。

【岡】なんか一緒だな、そこは。うちらは、日本人で向こうに引っ越して、普通に暮らしてるんだけど、結局体がうまくいうこときかなくなってきたときに、現地の人じゃなくて、同じ国の人にいろいろと、「モナカだったら日本茶だろ」みたいなところが分かる人に介護されたいんじゃないかなっていうところがあって。それを結構、向こうの日系人会とかに問い合わせをしても、そういうのを求めているという話だったんで、葬儀とかも絶対そうだと思うんですよ。

【木村】絶対そうなんですよ。同じ国の人っていうのはやっぱりすごく重要だなと感じていて。

より良いエンディングのために、介護・看護・葬儀の連携を

【岡】社会全体としてもっとこうなったほうがいいって思うことってあります?『おくりびとアカデミー』納棺士として思うことっていうか

【木村】そうっすね、介護・看護の方々とやりたいのは、連携を取りたいなっていうのがあって、バトンタッチじゃないですけど、引き継ぎをして欲しいなと思います。例えば、シートみたいなの作れたらいいなと思ってるんですけど。そのおじいちゃんが好きだった曲とか、花とか、食べ物とか。そんなんでもいいんですけど、そういう情報ってわかんないんですよ。家族の方は、わかってる人はわかってるかもしれないんですけど、最後に近くにいたスタッフの方々もよくわかってるんじゃないかなと思ったりもしてて、そういう声ってすごい重要かなと思うんす。そういう引き継ぎがあれば、より良い葬儀が出来ると思います。

【岡】人によるよね。そういう引き継ぎをしたい人といや別にみたいな感じの人。人次第になっちゃうんだよね。だから、その仕組を作るっていうのも多分大事だけど、それ以前の問題で。教育みたいな。それが重要であるって感覚で仕事をしてもらわないと、普段からその人が何が好きかなんて、気にしないっていうか。別にみたいな感じの人もたくさんいるから、ただこれ(シート)を書いてというと、また、業務が増えた、みたいに感じる人も多い。

【木村】リアルですね、あり得る感じですね。

【岡】多分、多いと思う、そういう人が。だからその前にどういう教育をしていくか。やっぱり学生とかなのかな、こういう連携が大事ですと。で、教育をある程度、一回でもそういう木村君の話を聞いた人が現場に出て、ある日突然、こういうシートが配られて「これを今年からやることになりました」ってなった時に「そういうことか、あの介護・看護・納棺の連携のあれや」みたいな、思い出すみたいな、そこがやっぱ大切だろね、教育と仕組み、みたいな。

納棺士をしていて、最高だった瞬間とは

【木村】僕らって時々指名が入るんですよ。例えばお爺ちゃんの納棺をさせてもらって、その時にいたお婆ちゃんが、遺言じゃないですけど「私もあの納棺士さんにやってもらいたい」って言って頂けるとか。やっぱり指名された時ってすごく嬉しくて。ただまぁ、お会いした時にはその感謝の気持ちは伝えられないんですけれど。その、「あの時のおばあちゃんか」って思いながら、その時はなんだろう。嬉しいというか、この人の納棺ができるっていうのは、最高って言い方はちょっと合わないんですけど、すごい嬉しいなぁと思います。僕もすごい覚えてたんですよ。お爺ちゃんが亡くなってしまって、すごく仲良くて、ずっとしゃべってるんですよ。おばあちゃんが写真一枚一枚出して。「ここ、どこどこにいったの覚えてる?」とか言って。すごいすてきな夫婦だなぁって思って見てて。そのお婆ちゃんと僕ずっとしゃべっていて「お婆ちゃん、じゃあこれも入れましょうよ」とか。で、おばあちゃんが「写真撮っても良いのかなぁ?」って「全然いいですよ、僕撮りますよ!」とか言って、なんか予定時間30分ぐらいオーバーしてたんですけど(笑)。いつの間にかすごい仲良くなって。お焚き上げ(布団とか遺品を整理する)で再度伺った際も長々と話したりして。そんな方だったんです。なので、そのお婆ちゃんが指名してくれた時はすごく嬉しくて。でも会話はできないじゃないですか。亡くなっちゃってるんで。でもなんかこうお爺ちゃんの時の事もまだ覚えてたんで、ご遺族の方に「あの写真ってまだあるんですか?」とか「確か、お婆ちゃんこの写真すごい気に入ってたからいれましょうよ」とか。僕もすごい、なんだろう、なんか会話をしながら「早くお爺ちゃんと会えるといいねぇ」みたいな「お爺ちゃんにあったときに、またナンパされるといいねぇ」とか自己満足ではあるんですけど。でも、ご遺族の方もすごく喜んでくれて、その時はすごいルンルンで帰って。なんか、こういう仕事したいなってすごい思いました。

【岡】すごいねぇ。

【木村】すごい感じました。最高だぜっていうか、やっててよかったなって。

最後に、介護福祉業界の方々へのメッセージをどうぞ!!




人の死をプロデュースする仕事、納棺士。弱冠25歳で何がわかるのか?などと言えないくらいの実績を積み、アツい想いを滾らせている木村くん。僕も肉親を亡くした経験のある身として言いたいのはただひとつ。自分の大切な人、そして自分自身のおくりびとは彼を指名したいと思う。僕は木村くんの「納棺の儀」を生で見た事があるが、その世界観たるや芸術以外のなにものでもない。ART of LIFE, ART of DEATH.日本が誇るおくりびと、木村光希。
と思ったら、友だちに共有しよう。
介護のほんねニュースをフォローする 

関連リンク

Facebookコメント

寄稿者

編集者画像

岡勇樹(NPO法人Ubdobe代表理事)

介護のほんねニュース初代編集長。1981年 東京生まれ。3歳〜11歳までアメリカ・カリフォルニア州で生活。27歳で高齢者介護と障がい者支援の仕事を始め、29歳で医療福祉・音楽・アートを融合させた「NPO法人Ubdobe」を設立。近年は厚生労働省 介護人材確保地域戦略会議の有識者やNHK出演など多岐に渡る活動を展開中。(http://ubdobe.jp)