戦後間もなく大阪で創業した老舗チャックメーカーの「協和チャック工業」。ご自身の祖母の介護施設での出来事がキッカケで作り始めたふとんカバーは、介護現場の声を取り入れながら改良を繰り返してきました。そんな協和チャック工業代表の高井さんに、もの作りの未来への想いと、介護現場の方へのメッセージをお聞きしました!
売り手良し・買い手良し・お客様良し、の循環で未来を作る
【中浜】もともとはチャックだけを作っているメーカーだったんですか?【高井】そうです。創業当時は戦後間もなくだったので、日本国内の縫製業も非常に盛んで、それだけで生業としてやっていけたんですけども。安いものに移行していく流れの中で「縫製業の生産拠点」というのはいち早く海外に出て行った産業の一つなんですよね。昭和40年ごろから出始めバブル以降は縫製業向けの需要はどんどん減り、近年は壊滅に近い状態で、このままじゃいけないなと思いまして。
やはり日本は群を抜いて高齢化してきている。その中で何かしら成功ビジネス・スキームを確立できれば、今後高齢化を向かえる海外でもまたものすごい需要があるんだろうな、と思いました。
【中浜】海外も日本に続いて高齢化が進んでいくということは、日本の今の“介護の現場”と、昔からある“もの作り”がマッチすると、強いですよね。
【高井】それはすごく強いと思います。今までなかなか末端の材料メーカーがお客様とお話することってなかったんですね、だいたい間に商社なり問屋なりが入って。昔から言われる近江商人の考え方は三方良し、つまり売り手良し・買い手良し・お客様良し、なんです。こうならなければ、本当にいい循環って生まれないんじゃないかな、未来につながるものは成り立たないんじゃないかな、と感じます。
祖母のお見舞いで気づいた、ふとんカバーの替えにくさ
【高井】このふとんカバーを作ったのは、私の祖母がアルツハイマーになってしまって施設に入居したということがキッカケになるんですけども。私がお見舞いに行った際にちょうど祖母がふとんカバーの掛け替えをやっていたんですね。最初見ていたんですが、あまりに大変そうなんで手伝いすることにしたんです。ところが予想外に面倒で、ふとんのズレ防止の紐を掛け違えてしまい中でねじれて失敗しまして(笑)。毎日使用している物なのに、すごい大変な作業だなと思ったんです。ましてやご高齢になればいろんなところで手間になるなと伝わってきて。ふとんカバーってサイドがチャックになっていて当社には馴染みのある商品なので、まずは(ふとんカバーの)メーカーに気付いた改良点をご報告させていただいたきました。
【中浜】それは「チャック」の改良点としてですか?
【高井】おっしゃる通りです。ファスナー屋は「ファスナー屋の領分を出ない」ということで出来る範囲でご提案させていただいた。しかしいろんな壁に直面して、もう今の時代は我々のほうで完成品まで作ってしまえばいいんじゃないかと思って、完成品づくりに手を出したんです。
自分のおばあちゃんじゃなければ、完成品まで作ろうという情熱は持てなかったかなと思います。これまでなら、メーカーに却下されればそれで終わっていたでしょう。ただ、やはり今回は自分の祖母にいいものを届けたいと強く思ったので、最後までこぎつけられました。
介護現場の声から改善・改良を繰り返す
【中浜】それでは新商品について教えてください。【高井】掛けふとん用のカバーです。大胆にチャックを使うことで、カバーがコの字型に開くようにしています。それにより、布団を上に置くだけでよくなり、目視でズレ防止のヒモも取り付けられるようにしました。それからみなさんよく、「チャックが生地を咬んじゃう」というご経験あると思うんですが、縫製を工夫して極力咬まないようにし、ストレス軽減に努めました。また市場のほぼ全てのカバーの「ファスナー引っ張り部分」は小さくて、「つまみにくい」、「探しにくい」というご意見も多く、「なら、大きなリングにしよう」、ということで指を引っ掛けることでも開閉できるように改良しました。
三方がチャックになっていて本のように開く。 大きくてつかみやすいチャックも特徴的。
【高井】最初はふとんズレ防止に紐を使ったんです。ところがみなさんに伺うと蝶々結びが手間になるということで、紐をスナップボタンに変えて。さらに介護現場でご意見をいただいて、目視しやすいように色付きにしました。介護施設では働いている方たちが作業されると思うんですが、そういった方たちの作業時間の軽減にもつながっていくと思います。
現場の声を聞きながらだと、改善や改良はまだまだ尽きないなと思いましたね。
左が改良前のズレ防止用の紐。右が改良後のボタン式だ。
【中浜】高齢者だけでなく、誰にでも使いやすいものになっていますね。
【高井】そうですね、それは期せずしてというところですが。結局、高齢者のお客様に対して何がいいかを真剣に取り組んでやってきたものが、高齢の方だけでなく誰にとっても使いやすいものになった。子どもであろうがお年寄りであろうが、成人であろうが、使い勝手のいいものは誰にとっても使いやすいものだと感じましたね。
足を運んで、現場で痛感・体感する。それができればもの作りは変わる
【中浜】これからのもの作りで見直していかなければいけないのはどんなところだと思いますか?【高井】昔、創業当初はチャックを求めて行列ができる状況だったんです、今のiPhone6のように(笑)。今も、お客様が求めてるものであれば同じようなことがまたできるのでは、できるはずだ、というように突き詰めていきたいです。それから、海外であればまだまだ行列ができる商品は日本にいっぱいあると思うんです。人がいればニーズがあるわけですから、そういうこと(市場は世界に拡がっている)をスピリットとして持ち続けることが大切なんじゃないかなと思います。
【中浜】もの作りとしてこれからもっと大事にしなければいけないことを一つ挙げるとしたら何ですか?
【高井】やはり、今回のキッカケにもなった、「〇〇に(私の場合はおばあちゃん)喜んでほしい」、そこに尽きるんじゃないでしょうか。お客様が第一ということを腹の底から分かったのは、現場に足を運んでからです。実際の現場で痛感する、体感する。それができれば、もの作りは尊いものとしてやっていけるんじゃないかと思います。
介護の現場は世界へのキッカケができる場所
【中浜】海外のほうというのはアジアのほうですか?【高井】我々は今はまずはアジアです。現地のニーズと言うのは、そこに入ってみないと分からないと思うんですよね。本当に必要なものを目で見て、必要最低限のものを素早く・一番効率のいい形で出していくということがとっても大切だと思います。走りながら考えればいい。
【中浜】日本の高齢化から世界に向けてできることはどんなことだと思いますか?
【高井】海外に行って感じたのは、メイドインジャパンは今も本当に求められている。その土台を築いた先人たちの活躍に感化されないわけにはいかないなと。この信頼を我々の世代で使えるだけ使ってあとの世代に伝えなかったらどうなるのか。この信頼を継続するのは義務に近いなと感じたんです。だからもっと世界に出て、世界に出た人は日本の価値を高める行動をもっとしなきゃだめだなと。
海外のスピード感は見習わなければならない。何かしら勝てるところを見つけないと。グローバル化する社会、内需が減っていく日本。だけど日本人はアドバンテージがあるので、フルに活用してさらなる地位を高めていきたいです。
【中浜】今回このふとんカバーを作る過程で介護現場の人たちと出会う中で、どんなことを思いましたか?
【高井】介護の現場って本当にタフですよね。そこで鍛えられる現場力って凄いですよ。(介護の現場を知る人が)ほかの社会に出ていけば、介護のみならずあらゆるシーンでも活躍できる。そんな土壌に双方向で出入りができるようになればいいと思います。
ここまで高齢化が進むと、それまで関係なかった企業が介護の現場とつながることによって、メリットしかないと思うんです。僕らは先んじて交流させていただいた。もっと多くの企業にメリットがあると思います。
【中浜】双方向の出入りというと、“出口”というか、介護の現場を経験した人が世の中に出ていくと、世の中が良くなる、と。
【高井】良くなると思います。“出口”と言いましたけど、出ていけばいいと思うんですよ。その代わり新しい方はどんどん入っていくわけですから。
高齢化社会はこれから日本だけの問題ではなく世界中での問題で、そこで培ったものは世界水準で活躍できるものを生み出すことができると思うんです。そう考えると、学校を出て一度介護の現場に入ってからほかのことをやるって、逆にすごく面白いんじゃないかと思います。介護の現場は世界へのキッカケができる、そういう場所なんだろうなと思います。
介護の現場からものつくりに関わる。介護職が介護現場だけでは働くのではなく、介護職の働き方の未来が広がっていくのではないでしょうか。今回のシーツですが、現在販売の最終調整中で、来年発売予定となっています。(中浜)
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この記事の寄稿者
中浜 崇之
二代目編集長。介護福祉士、ケアマネジャー。2014年に世田谷デイハウスイデア北烏山を立ち上げる。2010年より「介護を文化に」をテーマに介護ラボしゅうを立ち上げ運営中。(http://kaigolabo-shuu.jimdo.com/)