インタビュー

「人間関係を濃厚に描ける題材が介護」介護漫画『ヘルプマン!!』作者・くさか里樹さんインタビュー

2003年講談社の「イブニング」に登場してから、今年で連載13年目に突入した介護漫画の『ヘルプマン!』。14年12月に、フィールドを週刊朝日に移して、5月末、胃ろうの是非を問う『ヘルプマン!! 介護蘇生編』(朝日新聞出版)が刊行されました。医療・介護の現場でも意見が対立し、介護をする家族が今も直面する難問になぜ体当たりしたのか。著者のくさか里樹さんにうかがいました。

くさか里樹さんのご紹介

2003年講談社の「イブニング」に登場してから、今年で連載13年目に突入した介護漫画の『ヘルプマン!!』。14年12月に、フィールドを週刊朝日に移して、5月末、胃ろうの是非を問う『ヘルプマン!! 介護蘇生編』(朝日新聞出版)が刊行されました。医療・介護の現場でも意見が対立し、介護をする家族が今も直面する難問になぜ体当たりしたのか。著者のくさか里樹さんにうかがいました。

くさか里樹

漫画家 くさか里樹さん
通所授産施設勤務後、1980年に漫画家デビュー。03年から「ヘルプマン!」連載開始。11年、第40回日本漫画家協会賞大賞受賞、全27巻、累計105万部を超す。

「胃ろうをつけたら二度と食べられない」という誤解を解く

【村田】本の表紙に「胃ろうになった高齢者が経口食に復帰できる確率6.5%。日本は胃ろう大国なんだよ」と、タイトルよりも大きく書かれているのが印象的でした。なぜ今、「胃ろう」の問題に注目したのでしょうか。

【くさか】今回「胃ろう」をテーマにしたのは、医師から「胃ろうをつけるか、つけないのか」といった選択肢を突きつけられ、今も家族が苦悩しているという話を聞いたからです。日本は約40万人もの人がつけている「胃ろう大国」です。はっきりとしたデータはなく、医療機器メーカーの販売個数からおよその数を出しています。当事者や家族に正しい情報が伝わっていないため、「胃ろうは悪い」、「胃ろうをつけたら二度と口から食べられない」といった誤解がまだ広がっています。

【村田】私も「胃ろうは一度つけたら二度と口から食べられない」と思っていました。違うのですか?

【くさか】胃ろうにはメリットがあって、問題は扱い方なんです。例えば、脳梗塞で倒れた後、口から食べたいと思っても、マヒが残って、口が開かない、舌が動かない、飲み込むことができないなどの後遺症が出たら、まずは胃ろうで栄養をつけて、体力を取り戻すことが大事だと知りました。そして、口腔ケアやリハビリを行えば、再び口から食べられるようになる。実際にそうやって経口食、つまりはふつうのごはんをバリバリ食べている人の映像を見ました。自分が食べたいと思ったら食べられる生活に戻れる。そういう情報が伝わっていないことが問題だと思いました。

【村田】口腔リハビリがあるということを、私もこの連載を通して知りました。なぜ、世間には伝わらないのでしょう。

【くさか】私も10年以上、介護をテーマに漫画を連載してきましたが、介護に対するネガティブな印象は根強いと感じます。昔ほどではないにしても、一度張り巡らされた誤解を解くのは大変です。原因はメディアの見識や想像力、伝達力の低さにあるのではないでしょうか。

【村田】胃ろうをつけても、また食べられるようになる、という情報はどこでお知りになったのですか?

【くさか】東京・新宿で訪問歯科診療に取り組む五島朋幸先生(ふれあい歯科ごとう院長)の講演を聞いてからです。それまで私は誤嚥性肺炎というのは、食べものが誤って気管に入ることで起こると思っていました。お正月にお餅をのどに詰まらせるような(笑)。ところが違うんです。気管にものが入ってもむせる反射が出なかったり、汚れた唾液が気管に流れ込んだりして、体力が落ちてきた人に誤嚥性肺炎が発症すると。すごく単純なこと、医学的に正しいことを知らなかった。目からうろこが落ちまして、「これは伝えなきゃ!」と思ったのです。

【村田】10年以上描き続けてもそのことは知らなかった。

【くさか】五島先生にお聞きしたところ、お医者さんも知らない人がたくさんいるそうです(笑)

【村田】それで今も、悩む家族や当事者がたくさんいるのですね。

【くさか】退院するときに「胃ろうをつけるか、つけないか」、医師から二者択一を迫られるケースがまだあります。深く思い悩む家族もいるでしょうが、だいたいは医師に勧められるままつけて、何の説明も受けていなかったことに後から気がつく。延命措置のような形になって、かえって苦しませているんです。それで本人が亡くなった後、家族は「もっと好きなものを食べられるうちに食べさせてあげればよかった」と、いつまでも後悔して苦しむのです。

【村田】つまり、看取りの問題にもつながってくる。

【くさか】そうなんです。ただし、胃ろうを外すといったときに、外したら介護する側の負担が増えます。一口ずつゆっくり噛み、“ごっくん”と飲み込むまでに時間がかかるので、一食食べ終わるまで少なくとも1時間ぐらいはかかると言われています。そうなると食器の後片付けができなくなるので、介護施設などでは普通の食事に戻すのをためらっている。現場では胃ろうを外すことについて意見が分かれていますが、生きる意欲を取り戻すことで、少しずつ自分のことは自分でやろうとする元気が出てくるんです。在宅に戻ったら、家族が付きっ切りで食事の世話をしなければならないと思う人も多いのですが、それも思い込みです。今は口から食べられるレベルに応じて、おかずが食べやすく加工してある「介護食」といった便利な食形態があるんです。ドラッグストアや通信販売などで簡単に手に入るようになりました。

【村田】介護食とはどういうものですか?

【くさか】介護版の「中食」のようなもの。見た目はおかずと同じでも、口のなかに入れて上あごと、舌でかんたんに潰せるように加工してあります。レトルトタイプのものやパックに入っているので保存食としても使えます。お皿に盛り付けて電子レンジでチンするだけなのでごはんの支度も楽にできます。最近は、介護グッズも便利なものがたくさん出てきているので、そういうものを代用して手を抜くことも大切なんです(笑)。介護はひとりで背負うものではない。家族はもちろん、現場で意識を持っている介護士さんがひとりで頑張ってできることではないし、医師や看護師、家族、ヘルパーさんと、いろんな人が連携してひとりを支えるチームワーク力が必要になってきます。

「生きるスイッチ」が入ると介護職のやる気スイッチが入る

【村田】みんなが「ヘルプマン!!」(笑)なんですね。漫画のなかでは介護にまつわるいろんなエピソード出てきています。

【くさか】取材をして得たさまざまなケースを組み合わせて、キャラクターを作り上げているので、すべて実話です。今回の『ヘルプマン!!』のなかには、認知症が進んで自分が誰かもわからず、会話もできず、施設内を365日歩き回るおばあちゃんのエピソードを描きました。職員も家族もあきらめていたんですが、昔呉服店に勤めていたことがわかり、着付けの道具を用意したところ、あれよあれよという間に職員に着物を着付けて、症状が改善した。認知症が治ったわけではなく、本人の「生きたい」というスイッチを再び入れて本来の元気な姿に戻った。これは、本当に私の周りで聞いた話なんです。介護をする人たちが「この人は認知症だから何もできないはず」という思い込みが一番怖い。それにより、本人が傷つき心を閉ざし、「生きるスイッチ」を切ってしまっていると思ったのです。

【村田】スイッチが入る瞬間は面白いですね。

【くさか】「生きるスイッチ」が入るのは本当に何げない瞬間なんです。例えば、ずっと寝たきりのおばあちゃんの身体を起こして、髪をとかしてあげたらおばあちゃんが急に泣き始めた。介護する側は、おばあちゃんに感情があったことに初めて気がつく。介護現場のヘルプマンたちが、「なんとかしたい」という思いがおじいちゃん、おばあちゃんたちにも通じるのでしょうね。その「生きるスイッチ」が入ると、介護する側のやる気にもスイッチが入るんです。介護の職場は「汚い、きつい、格好悪い」の3K職場というイメージが先行しているんですが、じつはすごいクリエイティブな仕事なんです。ただ、現場で働く若い介護職の方たちは、介護の面白さに気がつく前、スイッチが入る前に辞めてしまうのでもったいない。それは、介護には正解がないので、達成感が得られず、自分を責めている人が多いと感じます。「胃ろうを外す」というテーマひとつをとっても、食べられなかった人が、一口でも食べられればそれで本人は満足したかもしれない。それなのに、「自分は介護士として勝つか、負けるか」というところまで追い込んでしまう。そんなに背負わなくてもいいと思うんです。

【村田】意外と介護離職の理由を聞くと「施設のなかの人間関係で疲れた」、という話も聞きます。横の連携が課題になってきますね。ちょうど6月26日、東京・渋谷で「clubポップコーン キックオフミーティング」というイベントがありました。「ポップコーンのように自分の殻を破り色々な場所に飛び出していけるように」と、企画されたそうです。当日は、「介護の現場を変えたいんだけど何ができるかわからない、でも、何かアクションを起こしたい」という思いを抱く40歳以下の若者たち約85人が集いました。介護のプロや法律の立案に携わってきた官僚と、現場で働く若者とのトークセッションもあり、その合間に、くさかさんのビデオレターが流れました。

くさか里樹

【くさか】「やりたいことに対しての仲間作りと場所作り」というイベントの目的を聞いて、すばらしいアイディアだと思い、私も賛同しました。施設のなかの人間関係だけではなく、よい介護を志す同士が集えるように、外にネットワークをつくってほしいと願っています。「こんな介護がしたい!」と思った者同士が情報交換をすると、新しい化学反応が起きてくるんです。私はそういう情報を、ペンを通してみんなが幸せになれるように「ヘルプマン」たちのヘルプマンでありたい、と思っています。

普通の人の日常がたくさんつまっている介護の世界

【村田】「ヘルプマン!」がスタートしたときは、主人公・恩田百太郎はまだ高校生。介護士として成長しながら、高齢社会のさまざまな問題に体当たりで挑んできました。そもそも、なぜ介護をテーマに描きたいと思ったのですか?

【くさか】漫画はだいたい読む人が、「非日常」を味わうために、キャラの設定もスーパースターが主人公になることが多いのですが、私はスーパースターではなく、どこにでもいる普通の人の日常を描きたい。そういうものが色濃くつまっているのが介護だと思ったんです。

【村田】「ヘルプマン!! 介護蘇生編」のなかでも、胃ろうをつけたおじいちゃんのお友達に競馬好きの友達が出てきて、競馬新聞を見せるとおじいちゃんが目を開けて言葉を発するシーンがでてきますね。

【くさか】しょうもない博打うちは親戚にひとりはいる、みたいな(笑)

【村田】高齢者のモデルはご近所にいらっしゃる。

【くさか】モデルになるジジ、ババは周りに山ほどいる(笑)。一本気な百太郎のキャラは、高知県民らしい。私は高知で生まれ育って、高知で描き続けているからこそ、描ける。

【村田】生活がまずあって、仕事がある。

【くさか】生活が基本です。漫画が人生のすべてではなく、人生のなかの一部、というスタンスです。いち地域の住民というスタンスを持ちながら仕事をしています。

【村田】作品では、認知症のおじいちゃん、おばあちゃんの「今」だけでなく、その人の人生、生活、生き方を垣間見ることができます。

【くさか】人間関係を濃厚に描ける題材が介護だと思いました。一貫して描き続けているは、「人対人」で、恋愛などをテーマにした過去の作品と本質は変わりません。漫画のなかでもおじいちゃんのこれまで歩んできた人生、ディテールを積み重ねていかないと、担当の編集者から「どういう人なのか伝わりません、説得力がございませんが」と突き返されるんですよ(笑)。

くさか里樹

認知症ドライバーは都会のほうが深刻

【村田】今、週刊朝日で執筆中の「認知症ドライバー編」は、認知症の人の運転がテーマです。なぜこのテーマに取り組んだのですか?

【くさか】今回、認知症と運転免許の関係を取り上げようと思ったのは、「キャッチーだから」(笑)。チャラくてすみません(笑)。今は、認知症の人の運転が問題になっていても、どこにも相談する場がない。介護のよろず相談所「地域包括支援センター」も管轄外。介護職員も、相談されても手の施しようがない。八方塞がりなのです。そこが問題なんです。

【村田】今年6月に改正道路交通法が成立し、2年以内に施行されます。免許更新時の検査で「認知症の恐れがある」と判断された人は、医師の診察を義務づけられます。そこで、認知症と診断されれば、免許取り消しか停止になります。

【くさか】実は私も過去に3回一般道を逆走したことがあります(笑)。おかしいと思っても、どこに相談したらいいのかわからない。でも、今は予備軍も含めて4人1人が認知症。認知症の人の免許を取り上げて、部屋に閉じ込めてしまっていいのか。地方では電車やバスなどの公共交通機関が少なく、車での移動が欠かせないので免許取り消しによって、お年寄りが外出をする機会を失う恐れがあります。ただ、その一方で、地方ならではメリットもあります。例えば、田舎はご近所づきあいや地域のつながりが濃いので、車の運転ができないとなれば、ご近所の人やお友達が代わりに車を運転して、病院とかスーパーに連れて行ってくれる、ということがあります。反対に人づきあいが希薄な都会では本当に孤立してしまう。田舎だとハンドル操作を誤って農道に突っ込んでも、自損事故で済むかもしれませんが、都会の道では他人を巻き込んでしまう恐れがあります。

【村田】地方の問題で片付けるのではなく、日本全体の問題として考える視点が必要ですね。

【くさか】介護保険ではカバーできない分、いろんなアイディアが生まれてきています。そういったところに新しいビジネスチャンスが生まれてくると思いますし、解決の糸口も見えて来ます。物語はこれから佳境に入ってきますが、百太郎がどう解決に導いていくのか期待してください!

【村田】ありがとうございました!

村田くみ

この記事の寄稿者

村田くみ

毎日新聞「サンデー毎日」記者などを経て、現在は「週刊朝日」記者。08年から母親を介護中。著者『おひとりさま介護』(河出書房新社刊)がある。

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